シェア【これなあに ー こどもの表現世界とのギャップ】

「これなぁに」なんて、本当不要。

自分への戒めとして…

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「これなあに?」

3才児クラスの出来事です。
他の子たちが机で描きつくる中、女の子2人が床に養生シートを敷き、まるでピクニックでお弁当を広げるかのように、シートの上にガラス瓶と軽量粘土と絵具とその他いろいろな素材をのせ、楽しそうに会話しながらつくっていました。
そこでの2人の会話です。

A「これなあにって言われたらどうしよう?」
B「絵具って言えばいいんじゃない」

この4月に入園したAちゃんには、これまで、自分がつくったものに対して、大人に「これなあに」と尋ねられてきた経験があったのでしょう。今、つくり出したものも、同じように尋ねられるかもしれないと想像しています。「どうしよう」という言葉からは、“なにか”であること、そして、その問いかけに答えることを求められてきたプレッシャーが、少なからずAちゃんの中にあることが伺えます。

それに対する、1才のときから、こうした表現に馴染んできたBちゃんの答えは、自分たちの表現がどのようなものであるのかを的確に言い表しています。

彼らは、よく絵具や粘土や道具をなにかに見立て、ジュースとか、海とか、「戦ってる」とか呟きながら描いたり、つくったりしています。けれど、そのイメージは刻々と移り変わっていくことが少なくありません。先にイメージがあって描いたり、つくったりするのでなく、「こうしたらどうなるだろう」と実験的にモノとやり取りする中で、そこにさまざまなイメージを見出しています。そして、何より、モノとやり取りしている時間の多くは、“なにか”であることなど関係なく、そのモノの、物質としての可能性の探究に費やされ、彼らにとっては、そこに、造形することの魅力があるのだろうと思います。

Bちゃんの言葉は、自分たちの表現は、何かを再現することに目的があるのではないことを言い表しています。

2人の会話を聞き、改めて、子どもたちの造形に対し「これなあに」と尋ねてしまう私たち大人と、子どもたちが見ている表現世界のギャップの大きさを思います。
作品主義的な美術、成果主義的な教育の中で育った私たち大人は、「これなあに」と尋ねる自分たちの背景にあるものに自覚的になる必要があるだろうと思います。

保育園の「表現者たち」展

https://lematin1011.thebase.in/