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こどもへの禁止・制止の弊害

今回は、長文なブログ。熱い想いがこもってます(^_^;)

今日公園で一緒になった、1歳上(4歳)のお姉さん。先月ブランコに乗れるようになったって言っていて、乗れるようになったばかりだからお母さんが強めに揺らすと怖がっていた。

ムスメちゃんはそのお姉さんより強く漕いで、「もっと!もっとー!!」って笑ってる。しかも揺れてる最中に1人で立ち乗りし始めて(揺られながらも座り姿勢から自分1人で立つ→そのまま立ち乗り)、そのお母さんはびっくり。

そういえばその後見かけた、おむつブランコに乗ってる同級生の男の子もそうだった。

ムスメちゃんより体つきが小さい感じだったけど、おむつ型の安心ブランコなのにお父さんが少し揺らすと「こわい!こわい!」って連呼してすぐ止めてもらってた。そんなに揺れてもないのに…

3年間の経験の差なんだろうな、と私は思った。

身体的にも精神的にも1番伸びるという、全部を吸収できちゃう0歳から3歳。その時期に、どれだけの経験をしてきたのか。

…と言っても私は教育熱心に色々やるタイプではなく、彼女が生まれて3年間やってきた事といえば「すぐに止めない」「なるべく色々経験してもらう」「なるべく自分でやってもらう」「なるべく自分で考えてもらう」こと。そして「たくさん声掛け(質問・事象の紹介・アナウンス)する」ことくらい。相手や自分や物への危害を加えない限り、基本見守りの姿勢(そしてその為の自己鍛錬(^_^;))。その程度だから全く偉そうなことは言えないけど(^_^;) でも彼女主体に日々を生きてもらえるように、努力はしてきたつもり。

日常生活の中で、周囲の大人が些細なことで「あぶない!」「ダメ!」って止めてしまうこと、やらせないこと、それはこどもにとっては、成功体験も失敗体験もすることなく、自分で感じ取る前に全て未経験になってしまうということ今日はその弊害を感じてしまった。。

禁止・制止をあまりしなかったとしても、今の暮らしは蛇口に手をかざせば水は出るし、便座の前に立てば勝手にフタが開くし、自動でドアも開く。「様々な動きを知る」「動きを獲得するために自分で考える」ことなく、こども達が日常生活を送れるようになってしまう「便利な」現代。

その上お母さん達は育児は大概ワンオペ状態。こどもに目が届かず手もかけられず、赤ちゃんたちはサークルやゲートで動きを制限される。

当然、こども達の経験値は下がるわけで、そうなるとカラダもココロも成長が妨げられる部分は絶対に出てくるんだよね。。

…っていうことを、今日のムスメちゃんと周囲との出来事を通して再確認したんだけど、これは今に始まった事ではない。私自身の苦い経験から、「こどもが行動を制限される」ことの弊害は痛いほどわかっていたのだ。

ごく一部の人(2017年の年末に友人と開催した「輝きベビー®︎メソッド体験会」にご参加下さった方)は私の自己紹介を聞いて下さりご存知かもしれないけど、私は多くのことを「ダメ!」と言われる幼少期を過ごした。そのおかげではじめての出来事に躊躇し、極端に消極的で自信がなく、その上体育・運動も非常に苦手というこどもになってしまった自覚がある。(かけっこはどんなに頑張っても大体ビリですごく劣等感があったなー)

いや、こども時代だけじゃなく今までの人生の大半、「はじめての出来事に極端に消極的で自信がない」で苦しんだかな。。

母は私を産んですぐ病気になってしまったから、私は祖母に育てられたんだけど、かわいい孫に怪我させたくない・母から預かってるから怪我されたら困るっていうことだったんだと思う。それはそれは大事に、「ハサミ使っちゃダメ」「すべり台は危ないからダメ」「男の子は乱暴だから一緒に遊んじゃダメ」あらゆる細かい禁止を受けて育った。(幼少期〜小学校の記憶が殆ど無いのにこのことはしっかりはっきり、色付きイメージで覚えてる。小6になって友人がカッターで段ボールをザクザク切ってるのを見て衝撃を受けたっけ…)

しかもハイハイであちこち行かれるのが大変だからと日中深めの段ボールに入れられて過ごしたらしい、文字通りの「箱入り娘」。(こんな事したら獲得できる筈の身体的機能が育まれずに成長してしまうんだけど。。祖母は知る由もない) あ、フタは空いてます。念のため(^_^;)

中学生になってもあの子と遊んじゃダメとか言われ続け、順当に(?)反抗期を迎える訳だけれども。

…というのがあり、自分にこどもが出来た時、こどもに禁止するのだけは避けようと決めた。(中学の時からこどもは要らない、私はこどもを心身ともに健康には絶対に育てられないから、被害者を生み出したくないからって20年近く強く思ってた。旦那氏に会うまでは) ありがたいことに旦那氏ものびのび育てたい、むしろちょっと乱暴に扱うくらいでOKという人だったから、ムスメちゃんはかなりのびのび、かなりなんでもアリにさせていた。

(で、1歳を過ぎて「ダメって言いたくないけど収集つかなくなってきたー」って困るわけだけど。からの、輝きベビー®︎との出会い)

私の二の舞を踏むようなこどもを、この世に生み出したくない。私は自分でよく知ってるんだから、伝えていかないと。

「こどものために、手出し口出しは最小限でお願いします!こども自身に選択肢を与えて任せてください! それが生きるチカラになるんです! そして大人はそのための自己鍛錬をお願いします!」って(^_^;)

すごくそう思ってる。だから「こそだて喫茶cotoca」を作ったの。

…そんなこんなで、今日の出来事はなんだか、すごく感慨深いものとなったのでした。

※やはり、必要な時期に必要な出来事を体験し、自分の気付きと成長に繋がるなぁ… とも思いました。

cotocaの子育ての指針

輝きベビー®︎ 伊藤美佳先生のサイトはこちら

http://tensaikosodate.com

お客様の声-15

お客様:cotocaさん素敵ですね! 世間のキッズメニューは揚げ物、ジャンクのオンパレードでほとんど食べられません(T . T)

cotoca:ありがとうございます! なんでキッズメニューはそれが当たり前なんですかねぇ…

当店ではからだに負担のかかる乳製品・卵・肉魚は使用せず、依存性の高い白砂糖も使いません。野菜もなるべく無農薬・低農薬・有機栽培のものを使用させて頂いています。

また、お子様にも大人と同じ内容のメニューを召し上がって頂きます(お子様プレートの量は2/3)。お子様の「まま(ぱぱ)といっしょがいい!」という気持ちを尊重します。

お客様:素敵です。心と体からお子さんの成長を願うカフェなんですね^_^

公式HP http://cotoca-senju.jp

トモコ(店長)はステージがあがった!

「Mちゃんのおかーさんさー、いいかたつよいよねー!」(^_^;) だいぶ前のこと、急に思い出して言い出した。

(言い方強い=最近ムスメちゃんの中で流行ってるコトバ(^_^;) じじが保育園の先生のことを「◯◯先生は言い方が強いからねー」って言ってるのを聞いて覚えた。私は一応「言い方は強いけどやさしいよ。こども達のことよく見てておかあにも教えてくれるもん。だからおかあはいつも◯◯先生とお話してるでしょ?」ってフォローしてるけど)

→だからYちゃん(ムスメちゃん)泣いちゃったんだよね。ダメって強く言われてね。(by 旦那氏)

→(注意されて)びっくりしたんだよね、おかあとおとうは言わないから。おかあとおとうはYちゃんが昇っても落ちないって分かってるから言わないけどね。

『でもMちゃんのお母さんは、MちゃんとKちゃんがまねして落っこちて怪我したらイヤだからダメって言ったんじゃない? 人はみんないろんな考え方があるんだよ』(by 私)

こういうこと、状況を言葉にして伝えること、相手の気持ちも代弁すること。瞬時に伝えられたらいいんだよね。。ムスメちゃんにとっても私にとっても一貫しているから、すっきりする。

それに周囲にも分かってもらえる。「見ててもなにも言わない」のじゃなく、子育ての仕方について考えがあって、ウチでもソトでも統一しているということ。

でも相手にとってはそれが困る場合もある、それぞれの考え方があって当然、相手のことも尊重しているということ、それぞれが選択して決めているから違うことも良いということ…

その時明確にコトバにすれば理解が深まる。伝わる。ムスメちゃんにも周囲にも。

結果、コトバにしないとちょびっと起こる不穏な気持ちをお互い抱えずにいられるから。。

→こういうことが課題と感じる。自分とムスメちゃんの関わり方だけじゃなく、それを踏まえての周囲との関わり方・伝え方がとても必要になっているって。次のステージに上がったんだよね、私。

これまでの学びを『日々の中で』うまく伝えていくことが課題になってる。「気持ちを代弁して伝える」相手はもうムスメちゃんじゃなく、周囲になってるんだな。こういう場(こそだて喫茶cotoca)を、自分自身が決めて構えたのは、もともと伝えたいというのも大きな要素なんだし。。

ムスメちゃんはそれを教えてくれたんだね。

「おかあ、やりたかったこと、できてる?」って。

これからまたイチからがんばるぞー!(大変な修行だけどね…(^_^;))

最終ステージはまだまだ遠い!!!

娘の接客

66歳のお父さん、閉店後にふらりと寄って下さり、テイクアウト窓口から玄米おにぎり3種買ってくださる。今握るので中で、と店内でお待ちいただく。

ムスメちゃん、最初は私にピタッとくっついていたけど、私がお父さんと“千住猫談義”してたからかだんだんにこにこになり、ついに接客が始まる(*^^*)

「どれかいすすわってくださーい」

おにぎり出来たら「おいしーよ?」

帰られる時には「ばいばーい!またあしたねー!」(^_^;)

接客上手な娘で助かっています(^_^;)

公式HP http://cotoca-senju.jp

色々な方にご来店頂いています

「こそだて喫茶」と謳っているため、「こども連れじゃなくても来ていいですか?」とよく聞かれる当店です(^_^;)

が、意外にも(?)いろいろな方が来て下さっています。

お子さん連れ だけじゃなく

コーヒーを飲みにおじさまが

お隣の井口病院帰りのおばあさまが

電車に乗る前に と玄米おにぎりを奥様が

マフィンを女子高生が

今日ははじめて、ランチをお弁当にお持ち帰りのご要望!(*^^*)

ひっそりしたこの場所ではありますが、こうやってご利用いただいて本当に光栄にかんじています。

みなさまありがとうございます!

雨の日の外遊び

小雨がパラつく保育園のお迎え時、隣接する公園で遊びたいというムスメちゃん。

雨降ってるよ? という私に「ぜんっぜんふってないよー? だいじょーぶっ!」と満面の笑顔で駆け出す。

前回は雨上がり、誰もいない公園に行って遊んでいちいち手が濡れるのに気づき「かえる!」って自ら自転車に乗ったムスメちゃんだった。だから今日もそうなるかなーと思って、まぁいいやと思って公園に寄ってみた。

そうしたら今日は小学生くらいの女の子たちが小雨の中水道付近で水遊びしてて(^_^;) “こりゃー帰る口実がより一層なくなったなー”と思いつつ、まぁいいやと思ってしばらく遊んだ。

降りが強くなって来て、ムスメちゃんと私はこの後、自転車で橋を越えて帰らなくちゃいけないからさすがに「雨強くなって来たよー。Yちゃんはカバーあるからいいけどお母さんびしょ濡れになっちゃう。帰ろう」って言った。ムスメちゃんはすんなり自転車に乗ってくれた。

雨がかなり強くなって、傘もレインコートも持ってなかった私はびしょ濡れ(^_^;) でもムスメちゃんは「きょうねー、Yちゃんのぱじゃまぶくろに◯◯ちゃん(お友達)のよーふくがはいってたのー!」とかって後ろの自転車カバーの中からお構いなしで語り掛けてくる(^_^;) 「雨でよく聞こえないよ!」って答えながら、私がこんなにびしょ濡れなのにマイペースだなー、たくましく育ったね!ってちょっと誇らしく思った(^_^;)

そして自転車を漕ぎながらこう思った。

「すれ違う人はきっとこのお母さん大変だなって思ってるよね。こんなにびしょ濡れで自転車漕いで。

…でも私、全然大変と思ってない。むしろ楽しんでる(^_^;)

ムスメちゃんはカバーで濡れてないから心配ないし、私自身のことはこの季節風邪ひく心配も少ない。帰ってすぐシャワー浴びればいいし、服だって洗って乾かせばいい。

ムスメちゃんが楽しんで私が楽しんで、2人がニッコニコで貴重な時間を過ごせた。私にとってはそっちのが重要(*^^*)

でもきっと、一般的にはあり得ない行為なんだろうなー… 自分の行動を誇らしくすら思う私、どんどん変人化してるのかしらねー。ムスメちゃんも今後周囲とのギャップを感じなきゃいいけど」って(^_^;)

結局、自分がどう思うのかで変わって来ちゃう。何を重要視してどう行動するのかは、いつだって自分で決めてる。それが真実。

「雨だから遊べない(遊ばない)」「濡れさせたら大変」「あぁ濡れちゃった、面倒くさい」って思うのか。

「このくらいの雨だったら平気、私(親)がついてるんだし」「どうせ乾く」「面白いからたまにはいいや」って思うのか。

別に、どう思ってどう行動したっていい。決めるのは自分。こどもじゃなくて、親である自分自身。自分が考えて決めてるんだから、それでいい。

変人化はオススメするようなしないような…(^_^;)

私もたくましく育ったね!!(^_^;)

cotocaの子育ての指針

輝きベビー®︎ 伊藤美佳先生のサイトはこちら

http://tensaikosodate.com

あだっちパパ

あだっちパパキックオフミーティング@cotoca、昨日終了致しました。

足立区の子育て事業・活動・団体の強力なメンバーさんが集まった新生あだっちパパ。

足立区のパパ&お子さん向けのワークショップの企画などを伺い「それ絶対楽しい!足立区ならでは!ムスメちゃんも参加させたいー!」とワクワクしました(*^^*)

今後の展開が楽しみです!!

あだっちパパ公式サイト

https://adachipapa.jimdo.com

未熟な私

昨日起きた出来事。ムスメちゃんと、お子様(お客様)のおもちゃの貸し借りについて。

普段、私はこども同士で当たり前に起きるちょっとしたトラブルには介入しない事にしている。こども達にいろんな想いを経験して欲しく、「どうしよう」って考えて自らの結論を出してほしいから。今後の人生のベースを形成する大事な幼少期、そこで起こる貴重な経験を、大人同士の都合で奪ってしまいたくないから。

いとこのMちゃんとの間でよく起きる時(関連記事 http://cotoca-senju.jp/2373/)も、近所のキッズスペース等で知らない方との間で起きる時も、共感して代弁はするものの謝ったり謝らせたり・強制的に返したり返されたり…はせず、彼女たちに任せてた(相手の方はそうじゃないし、スルーな私は非常識に見えるんだろうけど(^_^;))

で、昨日のこと。

土曜日でムスメちゃんが保育園もお休みだからお店で一緒に過ごしてて、じじ(私の父)にガチャガチャで買ってもらったアンパンマン号のおもちゃを使っていた。しばらくして、おもちゃをテーブルに置きっぱなしにしていた席に戻ったら、ムスメちゃんより年下な女の子がそのアンパンマン号で遊んでた。

それを見て、ムスメちゃん、ぐずる。

「Yちゃんの! つかっちゃダメ!!」… …

いつもの私だったら「あ、ほんとだ。女の子使ってるね。Yちゃんは使って欲しくないんだよね。…どうしようか」とか言うんだけど、昨日の私には迷いがあった。

*「お店の人」な私。そしてその娘。使っている相手はお客様。店内にあるおもちゃは全てお店のものだと思って当然、貸してあげて欲しいなぁという想いを私自身は持っている

*ムスメちゃんは今「以前は自分だけのものだったおもちゃ」を使われる事、自分の中で折り合い付けてくれていて(オープン前からいろんな子が遊びに来たり講座の体験会で使ったり…をずっと経験してきたから)、「お店のモノ」、共有となったおもちゃ達を使われることにとやかく言わなくなった(あそびかたちがうよー!!とかは大声で言っちゃったりするんだけど(^_^;))

*でも、彼女がずっと我慢している・我慢してきた事は私も分かってる。そんな環境に強制的に置いてしまった負い目も、なんとなく感じてる。だから、「お店のモノじゃなくムスメちゃんの私物」と彼女が思っているものだけは尊重したいという想いも私にあって…

そんな迷いから、「いつもの対応」、cotocaで大切としてる関わりをすること、お客様に私自身が見せることが出来なかった。。

元々、「折り合いを付ける」以前から、それこそ生後半年くらいから、他のお母さんやこどもにおもちゃを手渡すことが好きで、気づいたら自分の分がなくなっちゃうなんてことがしょっちゅうだったムスメ(^_^;)

そんな彼女が半泣きで、とても悲しそうだったから、「いつもの対応」を私は出来なかった。

お客様が帰られて空いていた2階に連れて行き、ギューって抱っこして2人だけでお話をした。

「Yちゃん、アンパンマン、使って欲しくなかったんだよね。あれはお店のものじゃなくてYちゃんだけのおもちゃだもんね」

「…でもテーブルに置いてYちゃんがいなくなっちゃってたから、あの女の子はお店のものだと思って使ったんだよね」

「お母さんはお店の人だから言えないよ。…どうしようか」

甘えながらうん、うん、って半泣きだった彼女が、立ち上がって力強くこう言った。

「…Yちゃんがいうしかない」。

1階フロアに降りて、その子のもとに行こうとした。でも「おかあもいっしょにきて」。困ったなと思ったけど、寄り添うだけと決めて同行して、ムスメちゃんに自分で行動してもらった。

立ったままのムスメちゃん、“なあにどうしたの?” “お話したいんだよね”

「Yちゃんの…!(勇気を出して言いに行ったけど、上手く言えないし緊張してるし泣きそう)」

細いニュアンスは忘れちゃったけどそんな感じ。

お客様は察して、「お店のものじゃなかったのね、お姉さんのだったんだって」って言って返して下さろうと促す(もうここで私は申し訳なくて自分が不甲斐なくて情けなくて、どうしたもんかと思ってた)。

でも、そう言われれば言われるほど、女の子はアンパンマン号を強く握りしめて離そうとしない。

“そりゃそうだよね、言われて返すのやだよ。使ってるそばから強制されたら絶対離したくないよね” そう思っていたのに、この場を早く乗り切りたい気持ちが強く出てしまい、色々代替え案を出した。女の子にも、ムスメちゃんにも。

でも結局、お客様が女の子と折り合いを付けて下さって、アンパンマン号はムスメちゃんの手元に戻ってきた。

「…すみません」

そう言って謝る私。ものすごく情け無く、そんな行動をしている自分にものすごく違和感を感じた。

…この事が一日引っかかっていて、でも夜、冷静になって、気付いた。諸々、私が招いてしまったことではあるんだけど、重要なこと。

相手の女の子にまず共感、ってしなかったんだよね。。1番、重要なのに。

ムスメちゃんの動向を見守ること、成り行きを見守ること、代替え提案をする事にいっぱいいっぱいで出来なかった。

“女の子とお母さんお父さんはお客様”だという想いが強くて、いつもやっているようにはできなかった…

情けないな。学んで、それを広めたくて、お店もやっているというのに。

お客様に、関わり方を提示することができなかったこともとても悲しい。「伝える」という大きな意味と価値を提供できなかった事。。

でも、すごく、色々考えさせられた。

いい機会を体験させてもらった。

こうして記事にすることも、償いであり自分自身の気持ちの整理。

これからもいろんなことがあると思う。自分の未熟さを常々感じていくんだろうな。。

でも、だから、精進していこう。

お客様、ごめんなさい。ありがとうございました。

そしてムスメちゃん、いつもありがとうね。